旅する古事記|太安万侶墓

築100年の町家に宿る昔ながらの日本の「良いもの」をお届けする「はる家」では、古事記をテーマにした旅をご提案しています。国内のみならず世界で高い評価を得る日本の伝統文化が凝縮された町家の意匠と暮らし。そのルーツを辿れば殆どが『古事記』に行き着きます。「はる家」のある京都と奈良から、古事記ゆかりの絶景の地へ。今回は、太安万侶墓をご紹介いたします。

太安万侶

日本人にとっては普通のことですが、実は世界でも非常に稀な、「漢字」と「ひらがな」と「カタカナ」という「表音文字」と「表意文字」を、一文の中で同時に用いている「日本語」。この、世にも美しい言語を現在の日本人が使えている功績を辿ると、『古事記』を書き記した太安万侶(おおのやすまろ)に遡ります。

『古事記』は、稗田阿礼が暗唱した物語を、太安万侶が書き記したものと古事記の前文にあります。前文にはあるものの、太安万侶の実在は最近まで定かではありませんでした。それが、昭和56年に、奈良の茶畑からお墓と銅板が見つかり大ニュースになりました。

約1,300年前の歴史上の人物ですので、木簡などに書かれた文字は多くは腐って失われてしまいますが、お墓と、銅板に書かれた「文字」が見つかったのです。銅板によって、太安万侶は、左京の四条四坊に居住したこと、位階と勲等は従四位下勲五等だったこと、養老7年(723年)7月6日に亡くなったことなど、太安万侶の実像が明らかになりました。

古事記の前文は堂々たる漢文で書かれていますが、本文は日本語の発音を漢字に当てた「万葉仮名」で書かれています。太安万侶の「万葉仮名」の発明が、後の「カタカナ」「ひらなが」を生み、『源氏物語』に繋がり、今日の「ローマ字」まで交えた日本語に続いていきます。

太安万侶のお墓は、鹿で有名な奈良公園のある、世界遺産・春日原生林を抜けた奥地にあります。「滝坂の道」を散策して行くほか、本数は少ないもののバスで訪ねることもできます。茶畑に囲まれた小高い丘の上です。

「はる家」は今後も、「はる家」のある京都と奈良から、古事記ゆかりの絶景の地へ、日本の昔と今と将来とを結びます。伝統文化を取り入れることで深まる丁寧な暮らし・ライフスタイルを提案してまいります。

太安万侶墓 概要

● 期間:通年
● 申し込み:不要
● 費用:無料
● 場所:奈良県奈良市此瀬町444

はる家 ならまち

築120年を超える庄屋屋敷の町家。日本庭園、家族風呂、縁側つき客室など伝統的な日本家屋の佇まいを伝えます。昔ながらの町並みが魅力の「ならまち」に位置し、奈良公園、大仏殿ほか5つの世界遺産に徒歩圏。奈良駅からバス8分(徒歩15分)。
所在地:〒630-8342 奈良市南袋町31番地4
https://yado-haruya.com/